徘徊や迷子…!その背景を考えることが介護のヒントになる【実話】

老夫婦

認知症が進むにつれ心配事は増えていきますが、その中でも近年テレビや新聞で報じられる問題の1つが「徘徊」です。社会的な責任を問われるケースも見られ、介護する家族にとっては不安がつのる悩ましいことのひとつですが、その症状にはご本人の心の奥に根付いた思いがある場合もあります。

日課の散歩で帰られなくなる祖母

私たち家族は、認知症の祖母を長く自宅で介護していました。デイサービスがない日の祖母と言えば、庭で植木のお世話をする以外に、午後になると近所を散歩するのが日課でした。家の中にいるとお金をさがしたり、なにかモノをさがしたりして、最後は「盗まれた!」といって家族を疑って大暴れしてしまうので、散歩してくれている方が平穏で私たちも安心していたと思います。

ある日「家に帰れなくなった」と自宅に祖母から迷子になったと電話がありました。ふだん食卓で母から「住所と電話番号!」といわれると「○○○…」と答える練習をしていたので、自宅に電話することができたようです。場所を聞いても、公衆電話の近くになにが見えるか聞いても、気が動転していて何を言っているのかわかりません。ただ絶えず車の音がしていたので「大きな道路にいるな…」ということがわかりました。その場から離れないように伝えて電話を切ると、祖父と母は自転車で、私は車で祖母を捜しました。
結果として小学校区を越えたところを走る幹線道路で彷徨い歩く祖母を見つけました。祖母のもとへ駆け寄ると迷っていることも、自宅に電話をかけたことも覚えていませんでした。

徘徊3 (1)

散歩に出ては迷子になり見つけて声をかける。そんなことを何度か繰り返しているうちに、ふと気づくことがありました。自宅から北東の方角で彷徨い歩くことが多く、声をかけてみると田舎の方言が混ざった言葉で話す。「あぁ、祖母は田舎に里帰りしたいんだなぁ…」ということがわかりました。

本人の人生をたどれば理由がわかることも!

徘徊という言葉を辞書で調べてみると「あてもなく、うろうろと歩き回ること」という意味だそう。祖母のケースも一般的には徘徊や迷子と言われるのかもしれませんが、目的があって歩いているのです。同じような事例を聞いてみると“妻のお遣いでスーパーへ買い物に行こうとしている人”や“メーデーに行こうとしている人”など、その人が生きてきたルーツや何気ない日常に理由があることも多いと聞きます。

介護する側にとっても認知症の方の行動の理由がわかると、ストレスが軽くなることがありますので、一度ご本人のルーツを思い返してみたり、会話にじっくり耳を傾けてみてはいかがでしょうか。見当識の低下があると、振り返れば自宅が見えるのにも関わらず、頭が真っ白になって助けを求めながら彷徨い歩くこともあるそうです。もちろん介護者の責任も問われる世の中ですが、「徘徊」という症状の名前が持つイメージに引っ張られないことも介護する側は意識しておきたいものです。

迷子になった祖母を捕まえて「田舎に行きたいの?」と聞いたら「学校まで弟を迎えにいく」と言った祖母のやさしい顔を、今でもときどき思い出します。

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