親の老いを受け入れてより良い日々へ

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「お父さんがゴハンを食べながら居眠る…お母さんが毎日同じ話をする…」。40年近く息子をしていて最近毎日思う事があります。「うちの親がボケてきた…ちょっとまだ早いだろう…二人ともしっかりしてくれ!」と。

今回は「親の老いの受け入れ方」について考えたいと思います。

いくつになっても親は親、子は子。

shutterstock_1012742107西宮市で介護に悩む方々が集まる場所を運営している“つどい場さくらちゃん”の丸尾さんに言わせれば「最近、ボケてきたんじゃないの!?」というのは、仲良し親子でも認知症になったら禁句だそう。この言葉に親は傷ついているかもしれないといいます。
「自分の中の変化には、自分が先に気づくもの。毎日よくわからない不安を抱えて過ごしていると思いますよ」。

先週できていたことが今週できなくなっていても、子どもが親に「何も変わってないよ」「ぜんぜん進行してないよ」という態度で接してあげることが大切。「子どもが親を否定しても良いことはない」といいます。「親の気持ちは子どもにもわかりません。大切なことは親の本心をわかろうとする思いやりの心。わからないことに苛立ったり、疲れないでほしい。

ただ会話するときに親と目を合わせて話す。笑いながら食事をとる」。そんな愛情のかけ方を、ふと思い出した日だけもかまいませんので、意識して実践してみませんか。

食事・排泄・移動の自由を、できるだけ奪わない。

認知症の方のできないことだけを数えて、知らず知らずのうちに本人から自由を奪っていませんか。「認知症になると何もできなくなる」という介護する側の思い込みが、認知症を悪化させているケースもあるといいます。「介護する側から見れば、認知症の方を不自由な存在に感じることもあるかもしれません。
しかし一度同じ目線に立ってみて、認知症の方が本当にできないことだけに寄り添い手伝ってほしい。それが良い介護者なんです」と丸尾さん。
一人で食事ができないのは介護する側が待てないだけかもしれませんし、排泄できないのも早くにオムツを強制していたのかもしれない。本人は散歩したいだけなのに徘徊が始まったと鍵をかける。いつの間にか自由を奪ってしまっていませんか。ひと呼吸おいて過剰に接していないか振り返ってみましょう。

日本人は老いを忘れてしまった?

「足が痛い=病気?」、「もの忘れが増えてきた=認知症?」など、さまざまなことを先走って「自分は病気なのでは?」と考えてしまうものですが、実は病気ではなく単なる「老い」だったりすることも多いそう。戦後の発展で日本人の平均寿命は大きくのびました。昭和20年代頃の平均寿命が50代だったそうなので、認知症の心配をする必要もなかったのかもしれません。いまでは病院や施設で看取るケースが多く、核家族化の影響もあって、家族が自然と老いていく姿を日常的に感じることは少なくなってきています。

何度も同じ話をしたり、自信がなくなったり、歩くのが遅くなったり。居眠りする回数が増えたり、体が小さくなっていったり。このように祖父母や親の老いる姿が「いつかは自分も自然に老いるもんだよ」と私たちに身をもって教えてくれているのです。
今は、人生設計の中に「親の老いを受け入れる」ことを、誰もが避けられない時代。日々老いていく姿を見守る、ときに笑いながら受け入れる。腹の立つ辛いこともありますが、なんとか折り合いをつけながら親子のかけがえのない日々を過ごしていきたいものです。

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【丸尾さんの著書をご紹介】
『親の「老い」を受け入れる』(ブックマン社)

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下町でたくさんの認知症患者を診ている町医者・長尾和宏氏と、関西介護界のゴッドマザー・丸尾多重子氏が贈る言葉の処方箋!
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